人間不信になった突然の手紙。

―リフォーム会社には26歳で就職されたとのことですが、高校卒業からの間はなにを?

留年してるので19歳で社会に出ています。図らずともミレニアル世代と呼ばれることになったんですけど、最も就職氷河期だった時代なんですよ。

―小学生ぐらいの時、就職氷河期のニュースをテレビで頻繁に見たのを覚えています。(miho)

僕は当時から現場で働こうと思っていたから、卒業後は“大工見習い”と書いてある会社に就職が決まったんです。だけど、母体が街の小さな金物屋さんで、修繕に困っている人の手伝い程度のリフォームばかりで、なかなか大工工事の修行ができなかったんです。「思うようにいかないな」とは思いながらも、自分なりに一生懸命やっていました。

―大工見習いのイメージにギャップがあったんですね。

僕がついていた上司は親父ぐらい年齢が離れていたんですけど、電気工事でも水道工事でも何でもできて、面倒見も良くて、よく飯も食わしてくれるし、凄く尊敬していたんです。

―尊敬していた方がいたんですね。

ある日、その上司が社長の奥さんに、便箋4枚の手紙を書いたんですよ。その内容が、僕に対する不平不満だったんですね。

―え…??不平不満?

川本君のせいで、体調も悪い、ストレスも溜まるし、もうマジで最悪なんだけど、みたいなことが4枚にびっしり書き綴られていてですね。翌る日、僕は奥さんに、こともあろうにその手紙を見せられちゃったんですよ…。

―それ…見せるものなんですか?ひどい…。

僕、19、20歳ぐらいの時だったんで、大層ショックを受けてですね。

―そうですよね…。

奥さんに、「見せるかどうか迷ったんだけど、どう思う?今辞めるなら退職金10万ぐらいだすけど。」とか言われて。「これクビやん」って思って。当時は、それでもいいから残らせてほしいとかいう選択肢はなくて。「迷惑をかけているなら、何月何日に辞めることにします。」って言ったんですね。

―改善の話とかもなく、いきなり辞める話になるのはひどすぎますね。

ここまでの話だけでも結構パンチがあるかと思うんだけど、本題はここからなんですよ。僕は、手紙を見せられたことも、退社することも最終日まで誰にも言わなかったんですね。誰もその話をしなかったし、むしろ、朝行けば「川本君、おはよう!」ってみんなめちゃくちゃ普通だったんですよ。

―最終日まで誰も触れないんですか!?

もう、めちゃくちゃ気持ち悪くて。絶対手紙を書いた上司にも話いってるじゃんって。「あんなの書いちゃったけど、最後の日まで頑張ろうね」とかそういう感じでもなく…。無視された方がまだ気持ち良かったかもしれない。ヌルヌルしてたんですね。

―それは気持ち悪いですね…。

もう最後の意地だと思って、最終日の夜もいつも通り上司に、「僕、最後店を閉めます、先に帰っていいですよ。」って言ったら、「あぁありがとう。じゃ、お疲れさん。」って。確かに、「また明日な」とは言わない。でも普通、その感じで帰れます?

―一言ぐらいあってもいいですよね。

ですよね。けれど、決心していたのは、“絶対恨み言を言わない”と。僕と上司がいた住宅部門と、隣に塗料の卸問屋部門があって、そっちにも10人ぐらいスタッフがいましたが、僕、全スタッフと全パートに手紙を書いたんです。何も恨み言は書かずに、「こうこうこうで頑張ります、たまに顔を出した時はよろしくお願いします。お世話になりました。」みたいな。全員の机に配って自分の机を片付けて、退社したんですね。

―なんて大人の対応…!

当時19~20歳ですし、今思うと誰かからのリアクションを期待していたのかもしれないですね。だから引っかかってるのは、誰からも連絡がなかったんです。本当に聞いてないなら、誰かから「おいおい聞いてないぞ、退職するのかよ。」とか電話来てもおかしくないじゃないですか。誰もない…。「やっぱり全員知ってたんだな」って思った時に、大層人間不信になっちゃったんですよ。「社会とか大人とか、もういい」みたいな。

―それは人間不信になりますね。いろいろ想像しちゃうと、間接的ないじめを受けたような感情になります…。

それで筋肉を使う仕事以外しなかったんです。そこから26歳でリフォーム会社に行くまで、とにかく斜に構えてました。「どうせ俺なんて頑張っても意味がない。」って。

―それだけ尊敬していた上司にそんなこと言われると、原因もわからないし、誰でも自信をなくすと思います。

そうこうしているうちに、26歳の時に公務員の彼女ができたんです。立派な彼女だったんですけど、ある日彼女に「毎日力仕事して大変だね、かずとくんお疲れ様。」って言われたことに、傷ついちゃったんですよ。「そんな立派な人にお疲れ様とか言われると、なんか逆に馬鹿にされているように感じる。」みたいな。

―ん〜…傷ついて卑屈になってしまっていたんですね。

そこから上手くいかなくなって別れたんですね。その時に「このままじゃいかん。社会にもう一回出よう。」と思って、26歳の時に初めてハローワークに行きました。そこで紹介を受けた最初の会社がそのリフォーム会社でした。でもタダでは入れなかったんです。

―すんなり就職とはいかなかったんですか?

人間不信だったから、半年から1年ぐらいその会社のことをめちゃくちゃ見て回ったんです。お店の前に車で行って、1日中見てるんです。どんなスタッフが出入りしてるか、どんな事務員さんが働いているか、お店の中の雰囲気はどうかって。当時7、8店舗ですけど、全部行きました。それでやっと、「じゃあ面接受けます。」って言えて。

―半年から1年!慎重に会社を見極めていたんですね。

だから、めっちゃ時間もかかるじゃないですか。入社しても「よろしくお願いします!!!」って気合入るじゃないですか。そこまで来ると、そういうスタートでしたよ。

―そんな壮絶な裏話があったんですね。入社当時の気合の入りようが腑に落ちました。最初の会社での経験が、結果的にはバネになっていたのでしょうか…。でも、カズ―さんとその上司とでそんなにお互いの思っている印象が違っていたのは不思議ですね。

そうですよね。もう真実は分からないんですけど、僕は当時金髪でモヒカンだったんです。当時の社長が古風なスタイルで、入社試験終わった後に自宅まで両親に挨拶しに来てくれたんですけど、その時も僕がそういう雰囲気だから良い印象ではなかったみたいですね。あとは、若気の至りで、遅刻したり、遊びに行っちゃったり、怪我して帰ってきたりとかを、周りが大人として受け入れなきゃいけないのが、殊の外ストレスだったのかもしれないですね。今思うと、僕にも原因はあったのかもと思います。

―金髪モヒカンはインパクト大ですね…!だとしても…とは思いますけどね…。でも、職場の方全員に手紙を書いたりと、当時のカズ―さんは社会に期待をしていたような気もします。「社会はこんなもんだ」という諦めの気持ちをあまり感じなくて、ちゃんと向き合っているなと。

あ~確かに。なるほどな。今の一言、全くその通りだなって感じます。多分そう思っていたんでしょうね。だからこそ、翌る日にみんなからリアクションがないことに、がっかりしたんだろうし。相手も人間だから、「誠心誠意行動すれば伝わるはずだ」っていう期待は常に持っていたかもしれないですね。

―19歳でそんなことできる人、なかなかいないと思います。

相当純粋だったんだろうと思いますよ。方法も知らないし、策を講じる器用さもないので、それしかなかったんでしょうね。当時はLINEもないし、直接話すと揉めちゃったり、相手に悪いと思ったんでしょうね。だから手紙だったんだろうなぁと。本当は、何も言わずに去れば、それはそれでいいじゃないですか。相手に伝えたいことがあったんだろうなって思いますよ。

―それが今のカズ―さんの人間関係や、社会との関わりの土台になっているんですね。

そうですね。多分、言語化された瞬間でしょうね。

―言語化されると、腑に落ちるという感じでしょうか?

はい。素行が悪かった時も、何かしら社会に対する反骨心があったわけで、ちょっとアウトローなところにいる方が居心地がきっと良かったんですよね。それが言語化されちゃった瞬間に、自分の中で「やっぱりこうだ!」ってなる時ありますよね。今でもそういう一本気みたいなところあると思います。

―一本気(笑)。言語化のパワーって凄いですよね。

脳にドーパミンがすごい分泌される瞬間ですよね!

―人間不信とおっしゃっていましたが、そのような時代を経て、今は人間不信の人にはできないようなことをたくさんされていますね。

うん、ありがとうございます。なんだろう、反動なのか、その会社に入って15年というリハビリ期間を経て、元々持ってた人間臭さみたいなのを取り戻せたのかもしれないですね。

心を鬼にして信じて放す、世界一の両親。

―カズ―さんは、どんなご家庭で育ったんですか?

うちは、もう全世界に誇れる家庭だと思いますよ。世界一の両親ですね

―世界一のご両親!!

基本的に父親はあまり物言わない人で。“ここ”っていう時にだけ、チクッと一言言うような親父でした。母親は口うるさく言うけど、一言で言うと“天然ボケなところもある肝っ玉母ちゃん”みたいな感じでしたね。本当に、あれほど愛情深く見守ることができる母親は他に知らないです。

―ご両親のことをそんなふうに言えるのって、素敵ですね。

あれだけ素行が悪かったのに見守るというスタイルを変えない。「ああせい、こうせい」と言わず、見守ってくれていました。

―子どもを“見守る”ってすごく難しいですよね。

この歳になって両親に色んな話を聞いた時に、ぽろぽろ僕の知らないエピソードが出てくるんですよね。やっぱりね、母の姑にあたる、義理の母とかに、結構言われていたらしいんですよ。「和人をあんな放っておいて、お前は鬼か。」ぐらい言われていたらしいんですよ。でも、「放っておくんじゃなくて、信じて放すんだ」って。心を鬼にして放任していたんだって。そういうのを聞いた時に、俺の知らないところで苦労や傷つく瞬間もきっとあったんだろうなと思いましたね。

―お母様にも色々と葛藤があったんですね。

印象に残っている事件があって、バンバン素行の悪い時代に、ある日、僕の兄貴がカツアゲされて帰ってきたんですよ。

―わー事件!!

当時、駅前をウロウロしていればそういうこともあるくらいの認識でしたけど、僕は兄貴とタイプも全く違うし、4つ年も離れてて全然どうでもいいはずなのに、何かものすごくムカついて、ちょっと手に武器的なものを持って、駅前に犯人を探しに行ったんですよ。

金髪モヒカン時代

―武器…え、一人で?

もちろん。駅前にたむろしてるような、そんな感じの奴とかを見つけては声かけて、「さっき、こんな奴にカツアゲしなかった?」って聞いて回って。結局見つけることができなかったんですけど、そこで仕事帰りの父親に出くわしちゃったんですよ。「お前、こんなとこでそんなものを持って何やってんだ。」みたいな。

―お父さん!(カズーさん何持ってたんだろう…)

そうしたら僕も我に帰って、犯人も見つけられないし、家に帰ったんですよね。一足先に帰った父親から母親に話がいって、「お前、何やってんの?」みたいなことを言われるかなって思ってたんですね。別にそんなこと痛くも痒くもないと思っていたんで、こう言われたら「ウルセー」って言ってやろう、こう言われたら「ババア」って言ってやろうって、パパッと頭の中でシミュレーションをしていたんですね。でも、母親から出てきた言葉は「お前は本当に正義感が強いね」って。

―怒られるどころか、褒められた…?

今親になって改めて考えてみても、「俺はそれ言えんな」と思いました。親が言うには、子どもの頃から正義感が強いらしくて。友達に放っておかれている子を見過ごせない、「自分が犠牲になってでも何かしてあげたい」みたいな子どもだったらしいんですね。

―お母さんは、表面的な出来事ではなく、心情を察してくれたんですね。

未だにずっと自分の中に残っているんですよね。自分が親になった時に、同じようなことができるかといったら、なかなか難しいと思うんで。やっぱりね、世界一の両親だと思います

―そんなに懐の大きいご両親でも、当時のカズーさんは結構反抗していたんですか?

それはしょっちゅうです。もっと自由でいたいと思って、すぐに家を出たかったので、高校卒業と同時に一人暮らしを始めました。そのあたりから反抗することが少なくなっていきましたね。

―そうだったんですね。

親の小言はめっちゃありましたけど、その源は愛だったんだろうなっていう感じがしますね。

―小言は言うけど、それで収まるっていうかんじだったんですね。お母さん、カズーさんを信じて待っていてくれたんですね。

そうですね。すごいなと思っています。子どもをコントロールしたくなっちゃうのが普通かなと思いますけどね。

―そうですよね。行動だけを見て叱っちゃったりしがちです…。お子さんは今おいくつなんですか?

一番上が9歳の男の子で、7歳、5歳の女の子がいます。

―正義感を受け継いでいるかも?(笑)

「辛い生き方だよ。」って教えてあげたいですね(笑)。

“私たちが今の世の中を作っている”かっこいい大人になろう。

―“カズ―さんを表す7つの言葉”、こちらです、割とみんな癖が強いですね(笑)。これだけで読み応えが…(笑)

“胸熱”男子。何事にも、誰に対しても、いつも真っ直ぐで熱い。
その熱さも、自分中心のむさ苦しい感じではなくて、人の想いに共鳴している感じ。
そして、周りをよく見ていて、細かなことにも気づき、全体のバランスをとる感じ。
純粋な少年の心を持ちながらも、大人の賢さもある、だから、少年でもおじさんでもなく、「男子」。
☆ウッチー

恵まれたフィジカルと熱い魂を持った漢です。具体的には重たい物を持ち上げる事ができるなどシンプルに力強く、例えるならまるでゴリラの様である。その非凡な腕力は己の為ではなく誰かのために使うことで更にパワーアップする特徴がある。「困っている人を助けたい」そんなヒーロー精神が彼の動力になっていると思われる。台風が直撃した際には誰よりも率先して現場へ向かい、研修講師や奉仕活動も進んで行いました。長年勤めた会社を辞めて独立起業する際はこれまで少しでも関わりのあった関係各所全てに惜別の挨拶を行った(過去にその様な慣習は無いのに)つまり、誰かのために自らの能力を発揮する事に優れた人であります。
さらに一つ付け加えるならそのひとつひとつに対して「ユーモア」が込められているのも彼の特徴です。
☆マッスー

正に、3つ「たてる」ことができる漢
①建築リフォームやDIYの仕事を通じて、お客様の生活を豊かにする「家を建てる」ことができる
②人間関係コミュニティを通じて、人を自分より上位に置いて尊重することができ「人を立てる」ことができる
③自身の生き方を通じて、夢と希望を与えるメッセンジャーとして多くの人達の「人生を起てる」ことができる
 川本和人さんと知り合い7年以上経ちますが、出会った当初、仕事を通じて無理なお願いをしたことがあります。僕はその時の仕事ぶりを見て一瞬で惚れました。無理難題だったにも関わらず、それを喜んで引き受け、予想を大幅に上回る結果を出してくれたことに感動しました。それ以来、仕事だけでなく友達としても関係を持たせて頂き、今では何処へ行くにも何をするにも、絶対に外せない存在となり、いつも真っ先に声をかけてしまいます(笑)それくらい何処へでも誘いたくなり、何回も会いたくなる「漢が惚れる漢」です。誰よりも真面目で熱いハートを持ち、誰よりも優しくて面白い人柄な川本和人さんは、きっと今日も何処かで誰かの「家・人・人生」のどれかを「たて」続けていることでしょう。
☆ワッカン

Kazoo先生といえば?→”“熱くて厚い”漢
なんというか、熱さはもちろんあるのだけどそれだけで突き進むというよりは、冷静さとか別の角度から物事を見る目を持ってて、思考の厚みがあるって感じですかね!(深みにも近い)一つずつ自分の目で確認して、「よしっ」って言いながら信じていくみたいな着実さもありそう。漢って表現したけど、繊細さも併せてるから…涙の似合う漢?って感じ!?
☆千葉あやか

私にとってカズーはいくら巻きです 一口でたくさんの旨みがあります
それはサブカル、教育、ユーモア、雑学、情熱、、、
何皿も頼みたい 何度も会いたい 何度会ってもまた食べたい
そんなご褒美的、漢なのです
☆魚住りゅうじ

僕のステキな仲間です。繊細なジャイアンという感じです。
初めて会う方は、その大きさにビックリすると思いますが、見た目の通り、繊細な心の持ち主です。話す言葉はちょっぴり難しかったりします。でもそれは、めちゃくちゃ言葉を選んでいるからです。何をするにもその人を、その場を大切にします。仲間のピンチには必ず現れます。
☆加藤隆史

令和の侍。
強さと繊細さを持っている人。衣食住や生き方に美しさ(美学)を求めている人だと思う。自分が大切にしている事をしっかり守れる人。
気遣いの出来る心優しいモンスター。
☆ショッチ

そうそう(笑)。

―カズ―先生、と言われていますが、先生とは?

“教える学校”というコミュニティがありまして、所謂学校教育や塾のようなスタイルではなくて、お金を払ってでも何かを伝えたい、教えたいという本気の人が授業をするんです。

―教える人がお金を払う?

そうです。学生は参加無料で、社会人はお金を払って授業を聞くことができます。以前、先生をした時に参加してくれた子からもらった言葉です。その時に「すごい感銘を受けた。」って言ってくれて、そこからずっと関係が続いていますね。今、法務教官をやっています、少年院の先生ですね。

「教える学校」での授業の様子

―どんなことを教えたのですか?

僕は、かっこいい大人になろうっていう議題で授業をしました。ざっくり言うとですね、かっこいいって少数派だと。例えば、全員石原さとみさんの顔だったら石原さとみさんを可愛いってわざわざ言わないですよね。男子も一緒で、かっこいいってオーディエンスの評価ありきの少数派なんです。

―少数派、なるほど!

ということは、周りの人が決めてることだよねと。かっこいい菅田将暉君や美しい石原さとみちゃんになろうって、結構途方もなく、容姿的な問題で難しいところもあって、全員が達成できるわけではないですよね。でも、“かっこいい振る舞い”ってできるよね?っていう話をしました。

―振る舞いは、努力すれば誰でも変えられることですね。

悪口を言うことは誰でもできるし、褒め称えることも誰でもできるじゃないですか。「じゃあ、どっちがかっこいいの?褒めた方が良くない?」って。非難をする人と応援する人とどっちがかっこいい?応援した方が格好いいよね。ジャッジメントをどっちがかっこいいか”っていうとこに主軸を置いて生きていくことが、実は世の中を良くすることなんじゃないかと

―その考えは斬新!深いですね。

そしたら街にゴミも落ちないし、迷子もいないし、犯罪も起きないし、自殺する人も少なくなるんじゃないかなって本気で思うんですよね。そのために、まず挨拶をちゃんとしようよとか、スキンシップもしようよ、とかそんな授業をしました。思ってること、実践していることをただ単に伝えただけですけどね。

―それを伝えられる大人ってかっこいいです!何度か授業されているんですか?

2、3回ですね。

―他にはどんな話を? 

授業の冒頭に、「今の世の中を生き辛く感じている人はいますか?」という質問をしましたね。

―おお…

ちなみにどうですか?そう思った経験ありますか?

―はい、経験はあります。

多くの人がそうなんです。それに対して、謝罪をするところからスタートしました。なぜなら、“今の世の中を作ったのは俺たちだからなんですね。今回メッセージを書いてくれた彼女は、「謝った大人に初めて会った」と言っていました。

―私も、今初めてそういう謝罪の言葉を聞きました。

そこがきっと彼女の中に深く刺さったのかなと思います。でも、本当にそう思いませんか?誰のせいでもないけど、全員のせいなんですよ。学校では教えてくれない、生きた授業がコンセプトなので。そういう話をしましたね。

―大人たち全員がそう思えたら、何か変わりそうですよね。他にも、教育関連で活動されていますよね?

そうですね。今、学校でもキャリア教育をやるじゃないですか。だから、小学校や中学校、高校へ行ったりして、出前授業としてお話させてもらっています。

―出前授業もしてるんですね。そういう時って、ご自身のモヒカン時代を思い出されて、同じようにもがいている子たちに何か思うのでしょうか?“助けたい”とかも出てきたり? 

出てきますね。やらしい話、ギャップがあった方が聞いていて面白いじゃないですか。だから、授業の冒頭に「1、1、1、1、5」と書いた数字をスライドで見せて、「暗号だよ。何の暗号か分かる人~?」とやるんですよ。勘のいい子がたまに当てますけど、「これ、僕の学生の時の通知表ね。」なんて言いながら。「高校で修学旅行に2回行ってるよ~。」とか言って。

―なかなかいないですからね(笑)。掴みはバッチリですね!

そうですね。「学歴社会に唾を吐いてた人が進学校で授業するなんて、もうギャグじゃん!」って。そんな活動も細々とやらせてもらっています。

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