なくなっていた男性への恐怖心、受け入れることの大切さ
―虐待のトラウマは、今は克服されていますか?
結婚もできたので、旦那さんや周りの人たちのおかげで、「男の人ってこんなに優しいんだ」とどんどん感じていますが、やっぱりまだどっかで「男の人が怖い」という気持ちが最近までありました。
―子どもの頃に感じた強烈なイメージは、なかなか消えないですよね。
そう思ってたんですけど、今、全国各地の神社で「アマノマイ」という舞を奉納させてもらってて。一応、舞には“女性性と男性性*の統合”という意味合いもあるんです。
*性別とは別に、各個人誰しもが持つ女性らしさと男性らしさ。

―へぇ!なんだか、それも偶然とは思えないですね。
この前、岡山でお参り(舞い)を奉納させてもらうことになって、出発する日の朝に「私ってほんまに男の人が怖いんかな?」ってふと疑問が湧いたんです。で、答えを考えたら「いや、全然怖くない」ってすぐ出てきて。
―いつの間にか、男の人に対する恐怖心がなくなっていたんですね。
そのとき、「私、ほんまにこれで男性に対する変な思い込みがなくなったんや」って思ったんです。ずっと「男は鬼、悪魔」って思ってたから、ほんまに皆さんすみませんって感じやけど(笑)。
―変な思い込みをしていた自分を、冷静に見つめ直せたんですね。
ちゃんと周りを見渡したら、そんな怖い人なんて一人もおらへんし、みんな優しいし、父親も旦那さんもめちゃくちゃ優しいし。「私は何を見てたんかな」と思ってね。やっと現実に戻ってきた、そんな実感がありました。それが本当に数カ月前の話で。
―そんな最近まで、思い込みに苦しめられていたんですね。
一人の女性の中にも、女性性と男性性ってありますよね。男性を拒否するということは、自分の中の男性性も拒否してたってことやから、それを受け入れることで「自分の中の男性性もやっと受け入れられたんやな」と思えたんです。
―他者である男性を受け入れることは、実は自己受容でもあったんですね。
ちょうど2日くらい前に、体のことに詳しい先生に「更年期が終わったら、ほとんど男性ホルモンなんだよ」って教えてもらったんです。女性ホルモンも残るけど、ちょっとしかないから、中身的にはほぼ男性になるらしくて。「更年期もちゃんと受け入れられたんや」と思いましたね。
―更年期って、自分の男性性を受け入れる準備なのかな…。
そうそう。「もうこんなしんどくなっちゃって…」とかじゃなくてね。その感覚はすごい自分でもあって。それがあってから実家に帰ってもなんとなくね、空気が柔らかい感じがするの。

―それはいつぐらいですか?
今年*の6月とかですね。少しずつ段階を踏んでいるとは思うんだけど、でも今回はめちゃくちゃ大きい変化でしたね。だって“男の人が怖い”というのは私の中では当たり前のことで、当たり前すぎて無くそうとも思ってなかったので。「別にそういう気持ちがあってもいいや」と思ってたから。
*取材日:2024年9月18日
―本当に最近の出来事!そんな当たり前の価値観も変化することがあるんですね。
でも思い込みはあるからさ、男の人に対して、パッとすぐきついこと言っちゃう時はあります。でも後で、「あ、ごめん!」とすぐ言えるようになって。前はそんなことも思わなかったから。
―統合は繰り返すらしいので、これまでにもたくさんの統合があったんじゃないかなと思います。例えば、女性の服を着れるようになったとか。(なる美)
そうそう!だから、そのメントレを始めて、それまでは全部自分の気持ちは無しにしちゃってたけど、だんだんちょっとずつ自分の思ってることが分かってきて、主催してる方に「ともちゃんは今一番どうなりたいの?」と聞かれた時に、「女になりたい」という言葉が出てきたんですね。
―その時は、自分の女性性を受け入れたかったのでしょうか?
自分でもものすごく不思議でした。その時はほんまにズボンしか履いてなかったし、化粧もしないし、男か女かわからへんっていう見た目で。でもそれは男性が怖かったから、「女に見えてはいけない」っていう気持ちがずっとあって、そういう格好してたんだけど。

―本当は我慢していたんですね。
そこから改革が始まって、まず外側から、化粧をして、女の子らしい服を着てと、自分で変えていって。それで外側はできたけど、今度は「中身を女の人らしくするにはどうしたらいいんですか?」とまた聞いたら、「人のために何かやるといいよ」と言われて。
―それも女性性の話に関連しそうですね。
人のためと考えたときに、ちょっとスケールが大きいんやけど、地球が喜ぶことをしたいなと思って(笑)。ゴミ拾いとかを始めたの。それで私、結構開けたね。
―へー!ゴミ拾いですか!自主的にやっていたんですか?
ちょうどその時に、そういう団体に出会ってね。
―大阪で?
ゴミ拾いは大阪でやっていました。まだ30代の時ですね。その時に「お祭りで世界を平和にしよう」と活動している、西表島出身のまーちゃんっていう面白い三線アーティストのお兄さんがいて、その人が祭りを作ったりゴミ拾いしたりするNPOの団体をやっていて、そこに出入りするようになって、人と話せるようになったんですね。
―メンタルトレーニングも大阪の時からされていたんですよね。
そうですね。30代のうち5~6年メントレにいましたね。でも、ずっとそこにいたら甘えちゃうなと思って、抜けたんです。その後に、その団体に出会って、「じゃあボランティア頑張ってみよう」と思って始めました。
―メンタルトレーニングで自分の思いに気付いて発言する訓練を積んで、その団体で実践した、という感じでしょうか。
そうですね。メントレでは、自分を受け入れるカウンセリングもしていました。見てくれている第三者がいて、“今の自分”と、“自分の中のもう一人の自分”と対話するんです。自分の中にもいろんな感情があるけど、その感情の一つ、例えば“嫉妬”だったら、嫉妬の感情にスポットを当てて、私の上辺ではない本当の嫉妬の気持ちを、リーディングしてくれるんですね。
ー難しそうです。一人二役みたいな?
そうですね。“私”と、“嫉妬の人格の私”とで、カウンセリングするんです。すごい面白いよ。最初全然でけへんねんけど。慣れたら一人でもできる。
―すごい!普通は自分と対話する発想もないですもんね。
例えば、「すごい人が羨ましくて、人を見たくないんだよね」って嫉妬の塊の自分が言ったら、「え?なんで?外出ようや!孤独やん!」って私は言うわけよ(笑)。「でも無理、見たくない!」って、本当に嫉妬丸々の自分が拒否する、みたいな。
―面白い~!それをやることで本音を引き出すんですか?
本音っていうか、和解できるんですね。別にやり込めなくてもいいし。
―あ~!認める?
そうそう。自分の嫉妬を認める!なくなるわけじゃなくて、「また何か閉じこもったら出てくるで私(嫉妬の塊)。」みたいな。見守ってくれてるんだよね、嫉妬も。ちっとも悪いものではなく、結局みんなね、やっぱり愛なの。自分とやり取りしてると、支配の自分も、復讐の自分も、私を守るために全部やってくれてるのが分かるねん。もう泣けるよ~。「ごめん、私頑張るから!今まで見守ってくれてありがとう!!(泣)」みたいな(笑)。
―なるほど~!それはやり方を知ってやってみないと、そこまで得るものがあるとは到底想像もつかないですね。
だから、“受け入れる”ってことですかね。

―私はよく紙上でやります。自分のことを俯瞰して見れますよね。(なる美)
そうそう。脱線すると、第三者の見てくれている人が「違うよ」って、戻してくれたりしていましたね。
―本当にトレーニングですね。
本当に、自分のいろんな人格を統合していく感じで。でもそれは昔のやり方で、今は多分そこまでやる必要はないよね。時代が愛でいっぱいになってきてるから、そこまでハードなことしなくても気付けると思う。
―社会全体的に、統合ということにも、興味関心が増えてきていますよね。
そうそう。私は修行好きやからそういうことが多分好きなんですよね~(笑)。
―友美さん修行好きですよね~!(笑)マラソンはいつ始めたんでしたっけ?(なる美)
45歳ぐらいかな。
―そこから!さらに修行!な感じですね…!(笑)
でもマラソンは修行じゃないですけどね!(笑)楽しいから走ってます。
久高島、感動で溢れる「ありがとう」の声
―「アマノマイ」について詳しく教えてください。表記はどう書くのですか?
全部話すと長くなりますが…(笑)。カタカナで表記されることが多いですね。
―カタカナなんですね。アマって、海女さんのアマですか…?
いえ、“天”という意味ですね。すごく神聖な、祈りの舞なんです。

―「アマノマイ」を知ったきっかけは?
私、昔からなぜか沖縄がすごく怖くて、ずっと行けなかったんですね。でも、2019年にマラソンが開催されることを知って、「マラソンなら行ける!」と思ってエントリーして、初めて沖縄に行くことにしたんです。でも、レースの2日前に平和公園で思いっきりこけて怪我をしてしまって…。手も後ろに動かせないし、指も捻挫して…。
―え!大怪我ですね!それは大変!!
でも、走れそうだったから、とりあえず沖縄に行ったんです(笑)。前日までは走るつもりだったけど、朝起きたときに「やっぱりやめよう」と思って、結局やめました。で、「時間があるから何しよう」と思ったときに、ふっと久高島に行こうと思ったんです。
―沖縄に久高島という島があるんですね。
そう。神の島って呼ばれているんですけど、本当にすごく不思議な場所で。久高に行った時に、ずっと「ありがとう、ありがとう」っていう声が聞こえていたんです。
―えー!?鳥肌立ちました!!どういうこと?
自分の中から湧いてきてるのか、どこかから聞こえてるのかわからないんだけど、ずっと泣きながら歩いてて。
―怖い気持ちとかはなかったんですか?
嬉しいの。感動で。ずっと泣きながら久高を歩いていました。
―初めて行く場所でそんなことあるんですね!
後から家で調べたら、12年に一度の「イザイホー」っていう祈りの儀式があるんですけど、今それをやる人がいないから途絶えちゃってるということがわかって…。それを知ったとき、何かわからんけど、すごい危機感を感じたのね。それで、「絶対に復活させなあかん」と思って。
―「イザイホー」とは?
平和の祈りですね。でも、そんなん一人で復活できるわけないんやけど、「何とかしたいな」という思いはずっと持ってて。そんな時に、細かくは覚えてないんだけど、本当に偶然ネットで「アマノマイ」にたどり着いたのよ。「こんな舞があるんだなー」と思いながら、ある人が書いているブログを読んでたら、そのブログを書いている人も偶然知っている人だったんです。
―知り合いだったんですか?
知り合いじゃないんやけど、私が大好きだったプロバンドのミュージシャンの奥様で、知ってる人だったんです!「このブログ、チー子さんがやってるんや!」と思って、コンタクトしたいと思って、とりあえずインスタフォローしたの。
―意外なところから、縁がまた繋がるんですね~!
その方のインスタで「ライアー(竪琴)を作るワークショップをしますけど、誰かやる人いませんか?あと、二枠あります。」と投稿されてて、迷わずポチってしてんけど、私チョコレート屋さんでバイトしてて、ちょうどホワイトデーの時期で休まれへんから、一瞬諦めてん。
―ホワイトデーは忙しそうですね!(笑)
でも、その次の日にお父さんから電話があってね、「お前の名前で凍結してる銀行の口座が出てきて、200万円くらい入ってるから、次来た時出しに行ってくれへんか」って言われて。「来た!これは行くしかない」と思って、迷わず「行きます」ってメールをしました。
―偶然が重なって、お金の援助まで!
それ、友達に話したら「それは宇宙銀行だね」って言われた(笑)。
―確かに!ほんと不思議ですね!
それで、ワークショップ行って、「(アマノマイを)やりたいんです」っていうお話をさせてもらってね、伝授を受けたのが2023年*ですね。やっぱり祈りって大事だなと思います。祈りながら、「アマノマイは、久高でなくなっていってる『イザイホー』の代わりの舞なんや」って勝手に思ってたんやけど、聞いたら、やっぱりそうだったみたいで!
取材日:2024年9月18日
―えーすごい!本能的に感じてたんですね!!
「イザイホー」をやってるのは久高島だけなんやけど、世界中に影響してる平和の祈りだと勝手に思っていて。だから「なくなったら大変なことや」と思ったんで、それを今代わりにアマノマイでやらせてもらってるということが、すごく嬉しくて。
―すごい…スピリチュアルなお話…!!
でも、全然自分ではスピリチュアルとは、思ってないんですけどね(笑)。そう思ったってだけで。
熊野で感じた、前世の記憶
久高に繋がるお話があって、熊野(古道)に「ニシキトベ」という、縄文末期に熊野を牛耳ってた女酋長の人がいたんですけど、その人が絶大なる力を持っていたそうなんです。神武天皇が攻めてきた時に、「あまりにも力が強いから、こいつは生かしておけん」って殺されちゃったんですね。
―力が強すぎた?
そう、あんまりにも力が強いから、もう手足とかもバラバラにされて、その辺に埋められて、今世になっても、そこの土地に行くと頭おかしくなっちゃう人とかがいたりする場所になっちゃってるんです。
―ちょっと怖いですね。

初めて沖縄に行く前年に、熊野に行った時、それを鎮める儀式をやっていた方からその話を聞いた時に鳥肌が立って。今でも思い出すんやけども、すごくザワザワしてたのね。その人にすごい感謝の気持ちが湧いてきたので気づいたら「もうホンマにありがとうございました」と言っていました。
―そこでも何か不思議なものを感じたんですね。
冷静になった時に、なんでだろうって考えたら、「私、多分(縄文末期に)そこにおったんや」って思ったの。でも私は殺されずに、ずっとずっと南へ南へ逃げて、多分久高に命からがら辿り着いたの。ほんでそこで祈ってたんやと思ったの。だから、祈りの大切さを分かってたんやなと感じて。
―そこで繋がったんですね。友美さんのそういう感覚、おもしろい…!
縄文末期からずっとずっと熊野に向かってお祈りをしていた記憶が、ぶわってその時蘇ったから久高に来たかったのね。それで久高に来たら、「ありがとう」って言うのがいっぱい聞こえてきて。
―すごい。修行をクリアするとそういう域に達するんでしょうか…!?過去と繋がりやすくなっていますね…!
分からへんけど(笑)。私、ほんまにそういうスピリチュアルとか、どっちかというと敬遠していたところがあったんだけど、でも自分の体験って、完全にスピリチュアルですよね(笑)。
―スピリチュアルが好きなタイプではないのに、不思議ですよね。子どもの頃もそういった経験あったんですか?
でも思い返すと、宇宙人に助けてもらったことがあったりとか(笑)。
―えぇ!?(笑)
それも大人になってから気づいたけどね。忘れてたから。
―後から考えると、みたいなやつですね。
ずっと喘息で病弱で、薬漬けだったので就職できるのかなと思ってて。短大の時にしょっちゅう金縛りにあってたのね。何か不眠症やし金縛りにあうしで、もうほんまボロボロやって。学校行ってもボーっと寝ててっていう毎日やってんけど。
―精神的にもまだお辛いときでしたもんね。
その金縛りにあってる時に、ずっと耳元で「ピチピチピチ~」という暗号みたいな音が聞こえてたの。それを友達に話した時に、「それもしかしたら宇宙語ちゃう?」って言われて。「そんなわけない」と思ったんやけど、「これやで」って宇宙語を聞かせてくれたのね(笑)。
―その友達のスピリチュアル感度も高い!(笑)
おかしいねん友達(笑)。ずっとそれを聞いてたら、ある時に音が上がって、多分周波数が一緒だったと思うんだけど、「これや!」っていう同じ音が聞こえてきたの!
―宇宙語!まさかの一致!
何を言ってたかは分からないんだけど、それがわかってから、その後一切喘息の発作が出なくなったの。多分、宇宙人が私の体を治してくれたんやと思ってる。
―嘘のような、本当の話(笑)。実体験ですもんね…!
でもそれまた別の友達に話した時に、「でも宇宙人って、日本に来てそういうことするのはすごいリスクあるんだよ。多分誰かに依頼されたんやと思うで」って言われて(笑)。
―また面白い友達!!(笑)
パって思い浮かんだのが、ひいおばあちゃんやって。母方のひいおばあちゃんにすごい守られてる気がしてね、ひいおばちゃんが助けてくれたんやって勝手に思ってる。
―亡くなったひいおばあさんが、友美さんを助けてくれるように、宇宙人に依頼してくれたんですね!(笑)
そう。ひいおばあちゃん、ありがとうって(笑)。
―そういった経験が、段々友美さんのスピリチュアル感度をあげていってくれたのかもしれないですね。“祈り”の大切さを意識し始めたのはいつからなんですか?
昔は全然意識していませんでした!初めて“舞”を知ってから、「ああ、これやらなあかん!」と思って。気づいたら「“祈り”大事かも」と思っていたんだよね。ほんまに、知らない間に導かれていたってかんじかな?
―無意識にいつの間にか、というかんじだったんですね。
神様とかも最初は全然興味なかったですね。私、言霊歌手もやっているんですけど、神様や古事記の勉強をしていたおかげで、そういうところにもたどり着いたりしました。
―言霊歌手?
古事記とかに載っている、神様が詠まれた歌に、曲を付けているおじいちゃんがいて、その方を紹介してもらってね。CDも作りました。その辺からなんとなく、祈り、祝詞みたいなものに、興味を持ち出したかもしれない。
―歌手としても活動されていたんですね!

