「もう一度、母とお店に立ちたい!」
ー“家業を継ぐ”ことに関しては、重く感じることはなかったですか?
0ではないですけど、ほとんどプレッシャーがない中で継がせてもらえて、今こんなに一生懸命楽しくやれているので感謝しかないです。「ニューポピー」に来て改めて感謝するようになって、ようやく母とも仲良くできるようになりました。
ー“ようやく”ということは、仲が良くなかったのですか…?
ポピーの時って、母は周りから「ママ」って言われていたので、「息子」「坊主」と呼ばれるのがすごく嫌だったんです。
ー個として尊重されていないようなかんじですか?
そう。おふくろの付属品みたいでね。起業した当初は20代後半だし、「俺だってできるんだ」っていう気持ちでした。BeansBitoで「喫茶 神戸館」を始めた時に、母を厨房の中に追いやる形になっちゃったんですよね。距離感が保てて、「これでよし」と思ってたんですけど、母が怪我して1か月ぐらい現場復帰できない時に、「このままもう、私いいわ」となりそうで、色々考えました。
ーお母さんがそのまま引退してしまいそうだったということですね。
そうなったら嫌だなと思ってね。外でご飯を食べた時、母よりも年上の人がめっちゃチャキチャキ働いているのを見て、「おふくろの残されている時間ってもう20年、10年もないかもしれない」と考えた時に、もう1回、ポピーの時みたいに母と一緒にお店に立ちたいと思うようになりました。
ーお母さんには、ポピーの頃のように生き生きとしてほしいと思ったんですね。
少しでも母がやる気になるようにと思って、喫茶店の名前を「ニューポピー」として、モーニングのサラダの1つに、“母の手作りサラダ”というポテトサラダを入れたんです。僕がちっちゃい時に大好物だったサラダです。父が早くに他界してるんで、母が作り置きしたものを冷蔵庫から取って食べる生活だった時、2日分のポテトサラダを1日で食べちゃうぐらい好きで。「朝ごはんにいいかな」と思って、それを出すようにしました。それが母の仕事にもなると考えて。
ーなんて素敵なエピソード…!泣きそうです…。そして、メニュー名から美味しそうです!
あと、看板メニューの小倉トーストも、母のレシピでスタッフに作ってもらっています。店内の植物とか、季節の花の管理も母の仕事になっているので、「次は何のお花にする」とか、「あの植物に水やっておいて」とか、そういう会話を普通にできるし、今はめちゃくちゃ仲いいです。
ーニューポピーのおかげでしょうか。すごく素敵な親子関係ですね。

自分が父に。模索する父親像
ーお父さんは早くに他界されたとのことですが、どんな仲だったのでしょうか?
20代の時は近寄りがたい存在でした。岩田さん、親父さんとかお袋さんとコミュニケーションを取りにくい時期とかありましたか?
ー親父は、基本的にコミュニケーション取りにくいです。(岩田)
分かります。それって、何でだと思いますか?
ー親父とは20代後半ぐらいから、まともに会話するようになりました。それまでの印象だと、仕事がすごく大変で、他のことを考える余裕がなかったくらい必死だったような気がします。(岩田)
忙しいお店だったんですね。
ー忙しいし、休みないし。色んなプレッシャーが、無意識的に子どもにも伝播していたんでしょうね。そういうのを感じてたから仲良くしゃべるって感じではなかったですね。大人になって、距離感も分かってきて、親父も丸くなってきてから、ようやく大人同士で会話が可能になった感じがあります。(岩田)
すごいわかる!そうなんですよね!!今、自分が“父”になっている訳じゃないですか。家に帰った親父が、何であんなんだったかが、何となく分かってきました。多分、お父さんもそれが素なんですよね。疲れ切って家に帰ってきて、支払いのこと、商売のこと、今日あった出来事とかが頭の中でぐるぐるしてるのがオーラに出ている…。それがようやく分かりましたね。
ー尾藤さん自身が父親の立場になって、ちょっと気持ちがわかるようになったんですね。
集中して仕事をした後の家ではスイッチを切りたいので、家族のケアがおろそかになりがちで…理想的な父親像とは何かとよく考えたりします。
ーできることなら、家の中でも“元気なパパ”でいてほしいですね、ママとしては…。
そうですよね、でもそうすると、父親って本当にスイッチを切れないんですよね。
ー分かります。母達も同じ悩みがあります(笑)。
父親も母親もそうですよね。子どもとずっと一緒にいるママは、1日中景色が変わらないってこともありますしね…。家族に寄り添って、時間を作ってあげたいと思ってはいますが、なかなかできなかったり、意図を上手く伝えられない時もあって…仕事と家庭の両立の難しさも感じています。
ーそうなんですね。奥様とはどこで出会われたのですか?
奥さんとは付き合いが古いです。バンドをやっていた時の友達の後輩で、「仕事を辞めたから手伝うわ」という感じで店で働き始めてくれて、再婚に至ったんです。
ー奥様もお仕事を手伝ってくれているんですね!
そうですね。 でも、“仕事中の尾藤雅士”を知っているから、“家でスイッチの切れた尾藤雅士”にギャップを感じることがあるみたいです。学生時代でいう“勉強と運動の両立”みたいなかんじで、今は“仕事と家庭の両立”を「本当に気合い入れて考えないといけないな」っていう感じですね。
ーそうやって気合い入れて考えてくれていることは、奥様も嬉しいのではないでしょうか?
嬉しいですかね…?伝わるといいんですけど…。
ー私、妊娠していた時も、子どもが産まれてからも、朝「行ってらっしゃい」と言ってから、ずっと夫のことを家で待ち続ける日々でした。2人共が保育園と幼稚園に行ってからは変わりましたが、朝パパを送り出してからの8時すぎから、一日中ずっと「19時半にパパが帰ってくる!」と、ひたすらパパを待つ状態でした。「私ってこんな依存するんだ。」と自分で思いましたね…。(なる美)
その「帰ってくる!」っていうのは依存になるんですか?帰ってきたら子どもたちを任せられるという感じとは違うんですか…?
ーうーん…任せられるから自分が楽になるというのもありますが、夫のことをずっと考えていると、どんどん依存の傾向になるような気がします。
それって…どういうことなんだろう?
ーコロナ前の妊娠中でも「インフルエンザにかかるから外出を最小限にして」と親に言われて辛かった記憶がありますが、世界が閉ざされるからでしょうか。「私って、子どもを育てるためだけに生きてるのかな?」と、睡眠不足もあってどんどんネガティブな考えになっていました。自分の個としての輝きが失われて、“欲”もなくなってくるんです。
欲がなくなってくる!?そういうのって、どうやって打破するんですかね?
ーどうなんでしょうね(笑)。まずは太陽の光やセロトニンが重要だと思っています。あと、1人の人間として自立することでしょうか…。仕事ができるようになってから自分を取り戻したような気がしました。
そうなんですね。子育てと仕事や、趣味とかのバランスって大事ですよね。
ー尾藤さんはバランス、どうですか?
僕、波乗りをずっとしているんですけど、子育てと波乗りは両立が難しいですね。 僕にとっては海に行くことはすごく大事な時間ですが、以前より頻度は減りましたね。「父親に徹することも大切なんだ」と自分に言い聞かせることもあります(笑)。
ー家族がいると、どうしてもそういう変化はありますよね。
と言いつつも、基本は遊びたい人なんで、「どうやったら海に行けるかな」といつも考えちゃうこともあります。今週は何曜日の波が良さそうだから、どこどこに行こうと計画を立てる時には、「それなら前日は家にいたほうがいいかな…」と考えちゃう。で、結局家族の都合で行けなくなることもあって、約束していた友人に断りの電話をしたこともあります。

ーどちらも大切だからこそ難しいですね…。
そうなんです。これはすぐに解決できないと思うんですけど、改善しようと頑張っています。でも、なかなか自分の思うように両立するのは難しいなと思っているところです。
ーお仕事だけでなく、家庭のこともすごく真剣に考えていらっしゃるんですね。“尾藤さんを表す7つの言葉を”を奥様からもいただきましたが、「娘大好き」という言葉がありましたね。
そうなんですよ。子ども達は可愛いです。赤ちゃんと、奥さんの連れ子の中3の子どもがいます。
ーお2人とも女の子ですか?
そうですね。中3の娘も女の子です。最初は“父親”になろうと思ってたんですけど、「無理だな」と思いました。
ーそれはいい意味で?どういうことでしょうか?
遊びが好きな人って、基本“超自分本位”なんですよ。中3の子どもも普通は超自分本位じゃないですか、そういう点では合うわけがないんですよね。割と早めに、父親になろうと思うと苦しいと思って、“一緒に住んでるおじさん”でいいやと思ったんですよね。気が向いた時は喋るし、「出掛けようよ」って言ったら付いて来てくれるし。
ーなるほど。“父親”じゃなくて“一緒に住んでるおじさん”は斬新な発想ですね。
そうですね。娘はペラペラ喋る方じゃなくて、良い感じの不思議な雰囲気を持つ子で、今の感じはすごく楽です。僕もペチャクチャ喋るタイプじゃないので。今のこの場は“尾藤さん”だから喋るだけで。
ーえ!そうなんですか?めっちゃ話しやすい方な印象ですが…(笑)。
家に帰ったらこのキャラではないです。奥さんもこのキャラの“尾藤さん”で帰ってきてほしいんだと思いますけど…。それが素なんですけどね。
ー家ではどんな感じか想像はつかないですが、どっちの尾藤さんも素なんだと思います。もしかしたら年齢を重ねるごとにそれが統一されていくかもしれないし。分からないですけどね。
分かんないですけども、このインタビューが終わったら「一旦家に帰ろうかな」と今すごく思っています。子どもが生まれる前は、海に行く時に必ず奥さんが付いてきてくれて、その時間がすごい大事だったように感じていました。僕が海に入ってる時に近くのカフェに行ったり、浜辺で流木とか拾ったりして、帰りに海の幸食べて帰ってくるみたいな。「またそういうのができたらいいな」とは思うんですけど、今はね、赤ちゃんがいるから…もう少しですね。
ー赤ちゃんがいるとどうしてもそうなりますよね。でも、もう少し…だと思います!
クレームを言う為の列ができた…開業当初の挫折
ー“外の尾藤さん”はご自身としてはどんな人だと思いますか?
自分的には…お人好しで、人に合わせる感じの人でしょうか。“家の尾藤さん”と比べると、という意味ですけどね。コーヒー屋をやっていると、“人のために”とか“社会貢献”とか“国際貢献”って、みんな一回は通る道なんですよね。フェアトレードとかダイレクトトレードとか。
ーフェアトレードコーヒーとかは、だいぶ一般的になってきましたよね。
ですよね。もちろんそれも大事なんですけど、その関係で言われてることが自分の中に気持ちよく入ってこなくて…。
ー「〇〇のために」という雰囲気が、なんか違うって感じですか?
そうですね。自分を見つめた時に、結局自分本位にやるのが全部気持ち良いから、自分本位にやった結果、“国際貢献ができてた”ということもあるじゃないですか。国際貢献しようと思ってやると違和感を感じるんだけど、自分がおいしいと思うコーヒーを扱って、結果的にその産地のためになってるということは嬉しいですね。
ーそうですね、あえて“フェアトレード”と定義づけなくてもいい時もありますよね。
“自分本位”と言いつつも、「このためにお店を出したい」という人がいると、すごくやりがいを感じますね。この人はお店を出したいって言ってるけど、本当は何をやると楽しめる人なんだろうとか、そういうことをよく考えています。ちょうど昨日もそういう日でした。だから、“一緒に楽しみたい人”なんですかね。あとは、おしゃべりな人って感じです(笑)。
ー自分に正直な感じが、すごくいいですね!自分の気持ちをちゃんと汲み取ろうとしているのが伝わってきます。
40過ぎてくると、もう折り返しているわけじゃないですか。30代に“ガーッ”と走ってきた生き方は、「これから先はしたくないなぁ」と思って。もちろん仕事はちゃんとするんですけど、僕はいっぱい遊びたいし、家族にもちゃんと“いいお父さん”って最終的に思ってもらいたいなと思うから家族と過ごす時間も取りたいし、と思うと、「40代50代ってちょっと変えていかないとな」と思っています。自分のことをよく見つめるようになった気はします。
ー最近よく考えるようになったということですね。伏見のお店の時とは考え方が違っているようですね。
“あの時に戻りたくない”っていうのはありますね(笑)。当時、若かったので根拠のない自信があって「自分はここまでできる人だ!やれるでしょう!」と思っていましたけど、全然できないんですよ。今振り返ってみると、何の努力もしていないのに、「何でそんなことを思ってたのかな」と思うぐらいです。
ー若い時の根拠のない自信、不思議ですよね(笑)。
伏見のど真ん中にあった前のお店では、オープン時に3日間のキャンペーンをやったんですね。そしたら、思ってた以上にお客さんが多くて、その3日間、お客さんをさばけなかったんですね。円頓寺という下町と、都会の違いがすごくて…。
ーさばけなかったって、どういうかんじだったんですか…?
オフィス街に勤めている人たちなので、いつも追われているし基本ちょっと荒いんですよ。もう料理も提供できてないし、厨房もパニックになってるけど、「少々お待ちください」とか言いながら、水を注いで回ってたんですよね。そしたら、我慢できなくなった方がクレームを言いに来ました。「私のとこまだ出ていないのに、あっちはでているわよ」って。その後はもうみんな一斉に立ってきて、クレームを言う為の列ができてる状態でした…。

ーわー!大パニックですね!!
そんな店って、もうあっという間に噂が広がるじゃないですか。「あそこはメシが遅い」とか「コーヒーがぬるい」とかで最初の半年ぐらいは本当にお客さん来なくて。
ーえ…半年もですか。
ポピーの時はずっと満席だったから「やれる!」と思ってたんですけど、親父とおふくろが作ってくれてるからだったんですよね。お客さんも、「息子を応援してやろう」って気持ちがあったわけで。そこで初めて「全然できないんだな、俺」と気付いて、そこからはもうがむしゃらに働いていました。
ー挫折感を味わったという感じでしょうか。
そうですね。しかも、朝起きれない社員がいて、朝5時に家まで迎えに行って、6時に連れてきて、オープンの準備してランチ乗り切って閉店して、18時から焙煎工場に戻って、2時まで焙煎して…ちょっと仮眠してまたお店に行くっていうのがずっと続いてて。
ー2時までですか!すごく過酷な状況だったんですね…。
でも、全部自分が悪いわけじゃないですか。やれるわけないのに「やれる」と思ってたという甘さがあったわけで。あの時の生活にはもう絶対戻りたくないですね。余裕がないと面白い話も拾ってこれないですし。だから、やっぱり遊びたいですね!「今日はもう仕事終わり」と思って海に行っても、帰るとまた仕事をやりたくなるんですよ。頭が冴えるみたいです。リフレッシュの時間は大事だと思いつつ、今はその時間を取れてないんですよね。
ー海に行ったら疲れそうなのに、逆に冴えるんですね!
そうですね。また海に行きたいですね。改めて余裕がなかった当時を振り返ってみても、本当にその頃には戻りたくないですね。
ーすごく伝わってきます。
3年目4年目くらいから少しずつ、ペースをつかんできたけど、忙しかったですね。前はその忙しさが原因で、自分も今よりも更にダメだったんで、当時の奥さんに対してももっとダメな態度を取ってて…その時は離婚に至ったんですよね。
ー家庭内での振る舞い方にも変化があったんですね。そんなに大変だったんですね…。
大変でした。でも大変だったからこそ、今やっている開業支援に役立っています。自分のお店を開業したい方達のサポートをするんですけど、大変な思いもしてない人が、開業支援ってできなくないですか?大失敗したからこそ、分かることってあると思うんですよね。
ー自分の経験を通して支援できるわけですね。
「この人、何にもできていないのに、すごい自信を持っているな」とか思うこともあります。でも、そういう人ってプライド高い人なんで、「あなたできないですから」って言ったらダメなので、そこを気付いてもらうサポートを意識してやっています。
ーそれはなかなか難しそうですね。
最近オープンしたお店の社長さんがそういうタイプで、本当にかつての自分を見ているかのようでした。福祉や建築の事業が成功している方で、飲食に参入ということでしたけど、成功成功で来てたんで、「俺がやればやれるから」っていうスタンスなんですよ。でも、この規模のお店でワンオペなんて絶対無理だし、「ワンオペのこの店長さんが倒れたらどうすんの?」というとこも考えてなくて…。多分、言葉で伝えても分かってもらえないなと思って、クレームを言うための列ができた、あの状況を体験させようと2日間のトレーニングをやったんです。その社長さんの会社のスタッフさんに来てもらって、5分おきぐらいに2名様1名様4名様2名様2名様という感じで入ってもらったんですよ。
ーリアルなトレーニングですね!
店長1人なので、当然1人でオーダー取りに行って、お水出して、料理して、お客さんに「すみません〜」って呼ばれることもあって、「ごちそうさまでした。」って会計きたら、もう回らないじゃないですか。
ーはい…素人でも大変そうだなと思います…。
ですよね。結局最後のお客さんの提供が1時間経っても出てこなかったんで、「どうですか、これまだ社員さんだったから良かったけど、大事な取引先のお客様とか近所の方だったらもう一生来てくれないですよ」と言ったらその社長さんも分かってくれました。トレーニングだったのでまだ良かったですよね。僕はそれを自分のお店の営業でやっちゃったんですけどね。
ー本当に分かってもらえてよかったですね。尾藤さんの経験が他の方に生かされているんですね。
あとは、めちゃくちゃセンスも腕もあるのに、規模感を小さく考えている人には一緒に色んなお店に行って、「あなたのレベルって高いことに気づきませんか?」という話をしました。「この規模で始めても、まだスモールスタートなんで」と伝えたりとか。そういう開業支援をやってる人はあんまりいないと思います。
ーそうですね。尾藤さんの本気さがすごいですね!それはビジネスとしてやっているんですよね?
いただくところはいただきます。だけど、例えば飲食店初出店で「夫婦でやろうと思ってます」となると開業支援に“何十万円で”とは言えないじゃないですか。僕も最初デザインに何十万って聞いて「えーっ!」と思ったんですよ。でも今は、デザインとか最初のプランを作ることは凄く大事なことだと分かるので、納得なんですけどね。
ー開業支援って労力がすごそうですもんね。
でも、オープンまで一緒にお店を作ると、僕のことをスタッフの1人として見てくれるので、「そんなことまで!?」っていう相談までしてくれるんです(笑)。信頼してもらえていると思うと嬉しいですね。

