人とのつながりが人生の証
ヤングマンな組織の長は隣人を愛す

「世の中が少しでも良くなるような活動の一端を担えたかな」と控えめに話す、加藤明宏(かとうあきひろ)さん。名古屋YMCA(キリスト教青年会)時代に総主事や幼稚園の園長を務めたこと、キャンプやボランティアのお話など、社会教育の第一線で幅広く活動されていた話をお聞きしました。キリスト教の受洗から、現在の“いのちの電話”事務局長に至った経緯など、貴重な秘話をたっぷり語っていただきました。

6000名の“傾聴”ボランティア

―自己紹介をお願いします。

はい。加藤明宏と言います。私は、大学を卒業してから35年間、YMCA(キリスト教青年会)という団体で仕事をしていました。YMCAと聞いて、分かる人も分からない人もいると思いますけども、一言でいうと国際的な社会教育団体ですね。

―35年ですか!

私の人生の大部分は、YMCAで子どもからお年寄りまで、幅広く関わりながら仕事をしてました。今は、いのちの電話(社会福祉法人 愛知いのちの電話協会)*というところに所属をして、事務局長をしています。
*自死・自殺予防を使命とし、24時間年中無休で無償ボランティアによる電話相談を行っている。

―いのちの電話ではどんなお仕事をされているんですか?

事務局長の仕事は一言で言うと“人集め”と“お金集め”、これに尽きるかなというところです。社会福祉法人というと保育園や高齢者施設等をイメージする方が多いと思いますが、いのちの電話も社会福祉法人なんです。しかし、ボランティアさんの活動や、企業や市民からの寄付金に支えられていますので、市民団体のようなイメージです。そんな団体に関わって、毎日楽しく仕事をしております。

―事務所はこの辺り*と伺いました。
*撮影場所:中部電力MIRAITOWER内cashime

そうですね。いのちの電話は相談員を守るという意味合いで、住所は公にはしていないんです。電話ではお互い名乗らずに匿名性を大切にしていて、“電話1本で繋がって、切ったらその関係はおしまい”という一期一会が基本なんですね。電話の相手がどんな人かもわからないので、相談員に危険が及んだりしないように、住所は公にはしていません。でも、ここから近いです。

―ボランティアの方は何名ぐらいいらっしゃるんですか?

今、愛知県のボランティア相談員の方は、180名*ぐらいですね。
*取材日2024年3月

―180名!すごいですね。

僕もすごいなと思う。全国だと6000名ぐらいですね。交通費も出ない、もちろん時給もない、本当に無償のボランティアで活動してくださっているんです。

―そうなんですね。すごい規模ですね。

掛かってくる電話は色々な内容ですが、主には孤独とか孤立を深めて悩む人に利用してもらっています。周りに聞いてくれる人がいなかったり、周りに人がいても聞いてくれないとかね。愚痴や文句を言いたいという電話もあるんですけれども、そういう声に耳を傾けることで社会が少しでも良くなっていくと考える人が180名もいるということは、本当にすごいことだと思うんです。

―とにかく耳を傾けてあげたいという方々なのですね。

だから、そういう人を集めること、トレーニングをすること、そういう活動を支えるためにお金を集めること。それが主な事務局長の仕事かなと思ってます。

―いのちの電話は24時間体制ですよね?

そうなんです。

―夜の時間帯が多そうですが、どうですか?

必ずしもそうではないですね。僕は相談員じゃないので聞いた話ですけれども、朝の4時~5時はさすがに少ないみたいです。でも、それ以外はどの時間帯も変わらないようですね。

―コロナ禍で増減の変化はありましたか?

実は、コロナ禍で増えたかどうかは分からないんですね。なぜかというと、コロナ禍の前からなかなか繋がりにくい状況があります。掛かってきても取れない電話がいっぱいあるんですよね。基本的には受話器を置いたらすぐ掛かってくる状況が続いてます。

―必要としている方がたくさんいるんですね。相談員の方も大変だ…。

電話1本ごとに簡単な記録を書くので、記録を書いているうちにまた電話が鳴る、という状況が続いております。

―立て続けに電話を受けるんですね。カウンセリングとは違うと思いますが、カウンセラーとして、私は出来る気がしません…。(なる美)

そう、基本的には違うかなと思います。カウンセラーは相談をして「じゃあこんな風にやってみましょう」とか、解決の方向を見出すようにしますよね。例えば、児童虐待だとか、生活保護なんかの場合は、実際に解決に向けてアクションを起こしますよね。

―そうですね。

でもいのちの電話の場合はそうじゃなくて、基本的にはお話を聴く、承る。いのちの電話側の立場から言うと、話を受ける、聴かせていただく。それによって話した方の気持ちが少し落ち着くんですね。自分の中で物事が整理されて、「次のステップを考えてみよう」と自分で解決方法を見出せたら一番望ましいですよね。

―誰かに話すだけで、自分の気持ちが整理できたりしますよね。

電話を切ったらそこで繋がりはおしまいなので、基本的には自分で解決する。でも、そんなことをもし最初に言ったら、突き放されたと感じてしまうからそんなことは言わないですけど…。とにかく掛かってきた電話の言葉をきちっと受け止める、傾聴という言葉をいのちの電話では大切にしています。だから、基本的にアドバイスはしないんですよ。もちろん説教もしないです。

―アドバイスも説教もしない、“傾聴”に徹するんですね。

例えば誰かから相談を受けると、人は「自分が何かしてあげなきゃいけない」と思って、「自分の時はこうだったよ」って経験談を話したり、「それは違うんじゃないか」とか、あるいは高圧的に「こうしなさい」とか、「その方が絶対いい」みたいに言ったり、逆に言われたりすることが日常ではあると思うんですけど、それはしない、と。

―ついつい、アドバイスをしたくなっちゃいますもんね。

そう。相手の話をきちんとまず受け止める、聴くということを大切にしています。傾聴のトレーニングを受けた相談員に聞くと、その理念は日頃の人間関係の中でも凄く役立っているみたいです。いのちの電話のためのトレーニングなんだけど、自分の家庭生活、夫婦生活とか友達関係がすごく良くなったという話も聞きます。全ての人がそんなふうには思わないと思うけどね。

―産業カウンセラーも傾聴が大事で、私も泣きながら半年間トレーニングしました。以前は、傾聴がそんなに難しいとは思っていませんでした。(なる美)

泣きながら!(笑)そう、ある意味自己を捨てないといけないところがあるので、やっぱりちょっと難しいというか、そういうのに慣れていない人は「うっ」と思うよね。

名古屋いのちの電話のwebサイト

誰かと繋がる安心感、「私これで眠れます!」

―悩んでいる方と電話するとなると、毎回長くなるのでは?

そうですね。お話を聴き続けて、2時間が経過する場合もありますね。実際に自殺を考えていたり、「消えてしまいたい、生きていくのがしんどい」とか、そういう言葉を言われた時に“自殺傾向がある”と相談員が記録をするんですけど、今そういった電話は大体2割くらいですね。いのちの電話は自殺予防を看板に掲げているので、考え様によっては少ないなと思う人もいるかもしれない。

―確かに。ほとんどがそういう電話かと思っていました。

いやいや、そんなことないです。そうだったら、もう相談員みんなまいっちゃう…。後はさっきも言ったみたいに、孤独に悩んで、誰かに話したい、聴いてもらいたいという方が7~8割ですね。

―誰かと話したいという人がほとんどなんですね。

これは相談員から聞いた話なんだけど、深夜2時ぐらいに電話が掛かってきて、それまでなかなか繋がらなかった様子で、「あっ、やっと繋がった!繋がっただけで私いいんです。これで安心して寝られます。」って10~15秒で切れる電話もあるみたいですね。

―誰かと繋がりたかったんですね。孤独な人の心の支えになっているんですね。

この世の中で生きていく上で、“人のつながり”がどれほど大切かっていうのは、普通に生活してるとなかなか感じられないというか、考えもしないですよね。でも、本当に孤独の中にいる人がどんな風に孤独で辛い思いをしているのか、そういう気持ちを聞くとなんとなく分かる気がします。

―孤独で悩む人の声は、なかなか世間には届きにくいですからね。

だからこそ、私たちが日頃できることは、ちょっと相手のことを考えるとか、「全然会っていないけどどうしているのかな」とか、「この前ちょっと元気なかったけどどんな状況かな」と考えて声掛けをすることが大切で。名古屋市は、“ゲートキーパー*”という言葉を使っているんだけど、日頃誰にでもできる自殺予防はそういう声掛けや、ちょっとした気遣いなど、そんなことなのかなって思いますね。
*ゲートキーパー:悩んでいる人のサインに気付き、声をかけたり、話を聴いて、必要な支援につなげ、見守る人のこと。

―日頃の声掛けって減ってきていますよね。近所の人とも関係は希薄で、セルフレジのお店も増えたし、タッチパネルでオーダーしたらロボットが料理を運んできたりと、人と触れ合う機会もどんどん減っていますね。普段は孤独を感じていない私ですら、寂しく感じます。

そうだね。それを便利と思うのか、ちょっと寂しいなと思うのかは人それぞれですけどね。年齢関係なく「セルフレジが簡単でいいや」って思う人もいれば、「本当はこういうことを聞きたいのに」とか「声かけて欲しい」と思う人もいるんじゃないかなと思います。

自分が生きた証、46年分の名刺ファイル。

―いのちの電話の事務局長になられたきっかけは、お誘いがあったんですか?

そうですね、お誘いというか、まあ運命みたいなところもあってね。

―運命…導かれた感じですか?(笑)

うん、本当に導かれたっていう感じです(笑)。大学生で就職を考えた時に、「人と関わる仕事をしたい」というのが大きな軸でした。私は金儲けには向いていないな、無理だろうなと。別に金儲けが悪い訳ではないんですけれども。お金のことを第一に考えるのではなくて、おこがましいけれども人の役に立つような、人と関わる仕事をしたいと思ったので、YMCAを選んだという経緯がありました。

―人と関わる仕事、ということでYMCAだったんですね。

高校生や大学生のときにYMCAに関わって楽しい思いをしたり、“人とのつながり”を本当に貴重に感じることができたという背景があるからだと思います。“人とのつながり”をそれまでもずっと大切にしてきて、YMCAで働き始めてからも色々な人とのつながりがとても嬉しかった。新しくつながりができたり、長く続いたり、途切れてもまた復活したりと、本当に貴重なことだなと今も改めて思います。

―つながりの尊さを実感されているんですね。YMCAの活動は、高校生の時からということですね?

高校1年生の時に初めてYMCAのキャンプに参加しました。もう本当に楽しかった。こういう世界があるんだと。

―参加のきっかけは?

高校の先輩に無理矢理連れて行かれたんですよね(笑)。最初はそんな感じでした。


―それから大学生になって、リーダー*に?
*リーダー:企画運営を担うボランティアのこと

そうそう。大学は東京だったので、東京のYMCAのリーダーになって。私は教育学部だったので教育実習もやって教員免許も取ったんですけど、いわゆる公教育、学校教育というのにちょっと自由さがないなと当時は感じていて。まあ、一概には言えないですけどね、すごく一生懸命やっている先生方もいっぱいいらっしゃるんだけれども…「自分には向かないかな」と。一方でYMCAは社会教育という分野に属すので、その方が自由さがあるかなと感じてYMCAを選びました。

―その後卒業して名古屋YMCAに就職されたんですね。

そうそう、名古屋を希望しました。

―高校生からずっととは、YMCAとの関わりは本当に長かったんですね。

そうだね。高校1年生が15歳だから、55年*ですね…!“人とのつながり”の話に戻りますが、私はちょっと回り道をしていたんで24歳で就職しているんですけど、その時から交換した名刺には必ず日付とそのシチュエーションを書いて、全部取ってあるんですよ。
*取材日2024年3月

―全部ですか!まさに人のつながりの象徴ですね…!

名刺ファイルが何十冊もあって、死ぬ時どうするんだろうとか思ったり…。それこそ終活しなきゃいけないんだけど…(笑)。顔と名前を覚えている人なんてもうほんの一握りですけどね。思いつく人は本当にその中の何十分の1だろうし、実際に今も繋がりがある人はもっと少なくて何百分のいくつかも分かんないけれども。

―46年分ともなると、それが普通なんだと思います!(笑)

それは分が生きてきた一つの証みたいなことで。本当はシュレッダーにかけなきゃいけない名刺も何千枚かあると思うんだけど、人のつながりを大切にっていうことをずっと考えてきたから、なかなか名刺が捨てられない。ちょうど昨日、自分の部屋の名刺のファイルを見て、そう思っていました。

―名刺にその人の特徴とかを書いておくのは、仕事に活用される場合が多いイメージですが、商売目的や職業柄という訳ではなく、純粋に人とのつながりを大切にされている感じがします。

どうだろうね。でも、名刺交換がその後の自分の生活や仕事、大袈裟に言うと人生のきっかけを与えてくれたり、逆にこっちが与える可能性もあったり。そういう意味で、人のつながりを大切にしてきたかなと思います。

―名刺自体を人とのつながりと考えて大切にされてきたんですね。

そういう方は結構いると思いますけどね。年賀状のやり取りもいつ辞めようかって考えたりします。この頃は、「もうちょっとしんどいから、70歳になったきっかけに辞めます」って年賀状に書いてあったり。若い人でも「今後はメールにします」って、そういう年賀状を受け取ることも結構あります。それはそれ、私は私で、今でも400枚くらい出しているんですよ。

―えー!400枚!!!

いやいや、もっとすごい人いますよ!YMCAの元理事長で、ある学校の校長先生だった方なんか、今85歳ぐらいだけど、今でも500枚以上出しているんだって。

―わーすごい!もう一大行事ですね!

本当に一大行事。僕はクリスチャンなので、お正月は初詣も行かないし、家族全員が集まるということもあまりないから、正月の楽しみはやっぱり年賀状ですね。まあ、女房なんか呆れてると思うけどね(笑)。

―私は毎年15枚ですが、年賀状って届くとやっぱり嬉しいですよね。

そうですね。今でもそういうやり取りが続いていたり、情報が色々入ってくるというのは、私が人のつながりを大切にしてきた一つの“報酬”って言うとちょっと意味合い違うけれども、やっぱり嬉しいよね。

加藤さんの名刺ファイル
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